IZURU KUMASAKA

熊坂 出

短編小説「神隠しのボレロ」
全5回
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神隠しのボレロ

 香は待つことを止めて、スミレを探しに出かけた。
 来た道を戻って行き、最初の十字路で右に折れる。チャリを走らせながら方々を見て、スミレを探し回る。その時、来た時にあったアザラシの死骸みたいな車がなくなっていたけれど、香は気がつかない。

 香はスミレからもらった地図を今一度広げた。
 クボー御嶽という文字が目に入った。
 くぼーうたき。
 うたき。
 それで香は、スミレは「うぷうがみ」という名の御嶽を見に来たんだったと思い出した。
 けれど、スミレにもらったガイドマップをいくら見ても、「うぷうがみ」という御嶽はない。クボー御嶽とふぼー御嶽とうぷうがみは全部、同じ御嶽のこと。けれども、香はそんなこと知らない。

 けれど、香はクボー御嶽へ向かう。
 そして、クボー御嶽の入り口で、香はスミレのチャリを発見した。

 香はチャリから降りて、スミレのチャリに触る。チャリは隅から隅まで直射を浴びて熱くなっていて、スミレの体温や気配は既に死に絶えているようだった。チャリの脇にある御嶽の看板が香の目に入った。看板にはこう書かれていた。

久高島フボー御嶽は、神代の昔から琉球王府と久高島の人々が大事に守ってきた聖地です。神々への感謝の心と人々の安寧を願う場所であるため、何人たりとも、出入りを禁じます。

そして、香は人の気配を感じて、振り返った。

 フェリーで見た狐目の少年が、香から10メートル程離れた道の真ん中に自転車を停めて突っ立っている。香は思わず顔をそむけて、スミレのチャリに手を当てて、検分し始めた。でも、一体どう検分したらいいんだろう? 香がスミレのチャリから視線を上げると、少年が近づいて来るのが見えた。

「どうかしたの?」
「は?」
「いや、なんか困ってるみたいだったから」
「別に」
 こんなにドギマギしながら、別に、と言ったのは生まれて初めてで、全然、別に、という感じが伝わらなかったと香は思った。
 全然別にじゃない別にだったよ、今のは。

「そう」

 少年は自転車に跨がって、Uターンしてゆっくり走り去っていく…と思ったら、再びUターンしてまた戻って来た。
 どうしたの?

「俺、ゲンチャ」
香は答えない。
「お前、困ってるんだろ?」
香は答えない。
「お前、お母さんは? フェリーで一緒に乗っていっただろ? はぐれたば?」
 香は頷きたくなかったけれど、頷いてしまった。11歳にもなって迷子だと思われた、と思った。それで香は急に恥ずかしくなった。
「一緒に探すよ」
「なんで手伝ってくれるの?」
「は?」
「だっておかしいじゃん。私のことよく知りもしないのに」
「知らない人が財布落として気付かないで行ったら、俺、拾って渡すけど」
「私だって渡すよ。それとこれとは全然話が違う」
「お前さ、今、喧嘩してる場合じゃないよね?」
 香はますます恥ずかしくなった。ゲンチャを意識し過ぎているのと、スミレがいなくなったこととが気持ちの中で混ぜ合わさって、訳が分からない会話を繰りひろげちゃってる。
 香はそのことに気がついていたけれど、どうにもならない。そして、止まらない。

「答えてよ。なんで手伝ってくれるの?」
 ゲンチャは香をじっと見て、言った。
「俺の夢、警察官になることだから」
「警察になってどうすんの」
 は? 何聞いてんの、あたし。
「悪い犯人を捕まえて、平和に貢献する」
「でも最初からそんな悪い奴捕まえられるわけないじゃん」
「最初は弱い犯人でいいばーよ。どんどん捕まえてけば、レベルアップして強くなるだろ? そしたら悪い犯人も捕まえられるようになる」
「それおかしい」
「は? なんで?」
「だって強い警察官になるためには、弱い犯人をいっぱい捕まえなきゃいけないんでしょ」
「だあるよ」
「じゃあ、ゲンチャが強い警察官になれたら、それは全部、経験積ませてくれた犯人達のおかげってことじゃん」
ゲンチャは何も言わない。
「警察が強くなるためには、犯人が必要。おかしくないそれって? どうなの?」
 ゲンチャは黙って聞いてる。
「今の病原菌は人間が強くしたってこの間ニュースで言ってた。もしかしたら警察が犯罪を作ってるのかもしれない」
「それ、屁理屈だよ」
「屁理屈じゃないよ! じゃあ、言い返してみなよ!」
ゲンチャは言い返す代わりに、森を見て言った。
「お前のお母さん、ここに入って行ったんじゃないば?」
「それはない」と香は即答する。
「なんで言い切れる?」
「お母さんは私と違ってひんがあるから」

 ゲンチャは何も言わずに、香の目をじっと見つめる。その眼差しから、私の言ってること全然まったく信じてないな、と香は感じ取る。そしてゲンチャが言った。

「ガードレールの方行ってみるか」
「ガードレール?」
「一応、観光名所。内地の人が面白がってよく来る場所があるからさ。そこ行ってみよう」
「うん」
けれども、ゲンチャは動かない。何かを待っている。香は察して言った。
「私、香」
「うん。行こう」

香の口から思わず言葉がこぼれた。
ありがと。

 ゲンチャは自分のチャリを香のチャリの脇に停めて、歩き出した。香は慌ててスミレのチャリの隣に自分のチャリを停める。もしお母さんが戻って来たら、ここで私のことを待つはずだ。

 ガードレールのところは、御嶽から歩いてすぐだった。海岸を望む場所に、何故か一片のガードレールが建っていて、茂みが辺りを覆っている。スミレがいる気配は全くない。ゲンチャがそのガードレールの脇から海へ向かって歩いて行く。香は立ち止まってゲンチャに言った。
「ゲンチャ、島の大人の人達で知ってる人いる?」
ゲンチャは腰から下が茂みで隠れている。
「なんで?」
「助けを呼ぶ」
「ダメ!」とゲンチャは即答した。
「は?」
「そんな簡単に大人の手を借りちゃダメだよ」
香は訳が分からなくなって怒った。
「そんな事言ってる場合じゃないじゃん!」
「言っとくけど、この島、ジジババばっかだぜ」
「だから?」
「交番とかないよ」
「知ってるよ。だから?」
「お前ら勝手にここに来て、勝手に迷子になったんだろ?」
香は言い返せない。
「恥ずかしくないば?」
香は何も言えない。
「ちょっとは自分で何とかしようと思え。所詮、迷子だろ? この小さな島で。どっかにいるだろ」
香はまたまた恥ずかしくなった。確かにゲンチャの言う通りだと思った。
「そんな深刻な顔するな」
ゲンチャはそう言うと、急に歌を歌い始めた。
「ニゲー、カナイ♩ ニゲー、カナイ♩」
「なにそれ」
「願ったら叶う。ニライカナイ」
「意味わかんない」
「願えば叶う。母ちゃんも見つかるってこと。見つけたいなら、お前も歌えよ」とゲンチャが言う。

「歌わない」と香は言った。

続く

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